きょう2月16日は、日本で初めて天気図が作られた日です。
日本で初めて気象観測を始めた測候所は、「函館」です。1872年に「函館気候測量所」が設置されました。その後、1875年に、今の気象庁の前身となる東京気象台が設立され、天気図が作られたのは、それから8年後の1883年になります。今から135年前のことです。
天気図の作成を指導したのは、ドイツ人で元航海士であった「エリヴィン・クニッピング」という人物です。彼の指導の下、全国22ヶ所に測候所が設けられ、これらの測候所から、気圧、気温、風向風速などのデータを収集して、天気図が作られました。
当初はテスト期間中だったため、2月16日の天気図は残っていません。正式に配布されるようになったのは、その年の3月1日です。その日の天気図が残っています。
1883年3月1日6時の天気図(気象庁)
観測地点の地点(宮古でも観測をしていたようですが、この日は宮古の地点はなく、21ヶ所になっています)と、等圧線が2本に、高気圧と低気圧がひとつずつと、かなりシンプルな天気図です。
気象予報士の私が、この天気図1枚で天気予報を試してみます。日本の東に高気圧、西に低気圧。天気は西から下り坂ですね。そして、鹿児島のみ雨が降っています。南岸低気圧が近付いているのでしょうか?他の地点は、快晴もしくは晴れ。低気圧は、日本から離れて進むのかも?…ちょっと、読みきれませんね。
今の時代は、各種天気図、ひまわりによる雲画像、レーダーの他、全国におよそ1300ヶ所あるアメダスなどの多くの気象資料により天気予報が作られており、この時代でなく、膨大な資料がある今、気象業務に従事できてよかったと実感します。
このような、さまざまな資料を駆使して、現在の天気予報の的中率は、80%を超えるようになりました。それでも天気予報は難しく、苦労しています。
当時の気象人にとって天気予報を読むことは、それはそれは大変な苦労だったことがうかがえますね。